いつ何をするかを決める

早期に治療するのは ― その意義とは?

しばしば『早く矯正をスタートすれば歯を抜かずにすむ。』という意見を聞きます。今の矯正装置を使えばなるほど、すべての萌出してくる歯を並べることは不可能ではありません。しかしその場合、すべての歯をとにかく並べることのみが治療目標になっています。そこには顔貌に対する配慮、顎関節と口の中での歯並びの調和、歯周組織との調和、機能的咬合、歯並びの美しさなどは考慮されていません。歯を並べた後どうなのかが重要で、予後は不安が残ります。早く治療を行なった方が良い例として、(1)後で行なった場合に困難であること、(2)放置しておくと咀嚼機能、特に顎関節に大きな負担を与えてしまう場合などがあります。その様な例を以下にいくつか挙げてみましょう。

咬み合わせが不安定

奥歯の咬み合せで上の臼歯と下の臼歯の関係が横にずれていることがあります。上下の歯の正中はずれ、正面から見た顔も下顎が横にずれています。一つには歯自体の軸が舌側又は頬側に倒れている場合です。2つめは上顎の歯列弓の大きさと下顎の歯列弓の大きさとの調和がとれていないため、下顎が上顎に対して閉じようとする時、下顎自体が歯の関係に誘導されて横にずれることがあります。さらに最近わかってきたことに片側に関節円板の転位があるとそちらの方に下顎が変位する傾向があります。いずれにしてもこれら場合は顎関節の負担を軽減し、下顎成長の抑制がかからないように、早めに治療を開始します。

咬み合わせが不安定:7才

上顎の歯列弓の巾が狭く、上下の歯が咬み込むと下顎が右へシフトします。

咬み合わせが不安定:7才
咬み合わせが不安定:8才

上顎の歯列弓の巾が広げられ、下顎は右へシフトすることがなくなりました。このとき下顎にスプリントを入れて安定化させることが重要です。

咬み合わせが不安定:8才

上顎劣成長

下顎が閉じる時、前歯の位置の関係で下顎が上顎に対して前の方に誘導され、結果として逆の咬み合せになっています。この状態は顎関節を常にずらさないと咬み合わないので顎関節に負担がかかってしまうだけでなく、上顎の成長が抑制されます。上顎の成長は下顎より早く終わってしまうため、上顎の成長を誘導するのは後になると困難ですので早めの治療への介入が必要です。ただし治療中に一時的に顎位を不安定にさせる状況を作ってしまうので、スプリントを用いて、顎関節に負担をかけないような配慮が必要です。

上顎劣成長:6才

上顎は劣成長、口を閉じると、上顎前歯がじゃまとなって下顎が前方に出てしまいます。

上顎劣成長:6才
上顎劣成長:7才

下顎にスプリントを用いながら、上顎を前方へけん引。劣成長の上顎が前方へ出て、子供らしいふっくらとした口元になりました。

上顎劣成長:7才

オープンバイト

オープンバイトは臼歯のすりへりや、パラファンクションの原因になることがあります。顎関節に過度な負担がかかる前に治療したい場合の1つです。下の症例はすでに関節円板のわずかな転位が見つかったため、矯正治療を始める前にスプリント療法で顎関節を安定化させた後、短期間矯正装置を装着し、ハイプル・ヘッドギアとパラタルバーで上顎第一大臼歯を垂直的に圧下し、オープンバイトを改善しました。

初診時

オープンバイト:9才

一次治療終了後

オープンバイト:11才

極度のオーバージェット

極度に上顎の前歯が突出していると、外傷を受ける危険性が高くなりますし、顎位のずれを多くの場合伴なっているので、機能面でも顎関節に負担をかけます。下の症例はハイプルヘッドギアを用い、上顎第一大臼歯を後上方へ圧下し(後下方に引いてはいけない)、同時に上顎前歯の後方への移動をできるだけ簡単な装置で行ないます。上顎の成長(特に垂直的な成長)を押さえると同時に下顎の成長を利用して臼歯のⅡ級関係を改善しました。

極度のオーバージェット:10才

初診時

極度のオーバージェット:10才
極度のオーバージェット:11才

一次治療終了後

極度のオーバージェット:11才

一次治療のポイントは治療期間を1年程を目安とし、あまり長くだらだらとやらないことです。1次治療で問題が解決され、2次治療をしないですむ場合もあるかもしれませんが少数です。矯正医のアドバイスに従って必要な時期に2次治療で矯正治療を完成させて下さい。

目標達成に最適なメカニクスを考える

治療計画が具体的になることにより、効率的な手順を考え、患者さんにどのような協力をして欲しいかを、あらかじめ伝えることもできます。治療期間も治療の困難度があらかじめ解ることにより、伝えることができます。

問題点を明らかにしてからゴールに向けての治療にすすむので、治療に入ってから問題が次々に発生し治療を中断したり、治療方針を変更することもなくなり、治療の効率は格段にアップしました。たとえば目の前の川を渡らなければならないとしましょう。あらかじめその川の深さや流れの速さを調べてから渡るのと、そうでないのとでは全く状況は違ってきます。調べずに渡れば、深さや流れで渡るのに時間がかかったり、多大な労力を使うかもしれませんし、渡りきることができればまだよいですが、引き返さなければならない事態になるかもしれません。